ぼやけた視界で自分などもういないかのようにゆったり歩く。

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わたしは酷い近視で視力が0.1もない。

それに加えて乱視もある。

幸いなことに20代後半から視力の低下はストップしているが、眼鏡かコンタクトがないと日常生活は困難を極める。

東日本大震災のとき、わたしは東京都内にいたが、眼鏡かコンタクトがないと死んだも同然だな、と感じた。

疲れているとき、特に陽が落ちて暗くなってから、暗がりの光る物体がダブッて見える。

横にズレるのではなくて上下に分かれる。

夜の歩行者用信号機のデジタル化された緑と赤の人型が、特にダブって見えてしまう。

不慣れな土地の駅など、案内板が読めないので出口にたどり着けない。

眼鏡かコンタクトをしていれば問題ないのだが。

このような具合であるが、最近は意図的に通勤中に裸眼でいるようにしている。

視界は完全にピンぼけの状態だ。

対向者の表情などまるでわからない。

でも、それがかえって心地良いのだ。

社会のいざこざから疑似的に解放されたような気になる。

視界がぼやけてわかり辛い状態も悪くない。

全身の力を抜いて漂うように、それでいて微動だにしないような心構えで歩く。

自分などこの世にもういなくて、吹き飛んでいるかのように、ゆったりと歩く。