太陽系における太陽の占める質量は99.98%であり、人間は残りカスというより、太陽それ自身である。

太陽系における太陽の占める質量は99.98%であり、人間は残りカスというより、太陽それ自身である。

2月も本日で最終日です。

おぼえていますか?2月だというのに都内は20度を越える日がありました。

その日は、天気予報だと「曇り」とありましたが昼くらいまで晴れ間があり、休日の日課である原っぱへ太陽を浴びに出かけました。

健康を研究するのが好きなのですが、「人間は食べているもので構成されている」と言ってもいいくらい、何を食べているかで肉体も精神も左右されます。

そこそこアグレッシブな行動を基準として考えれば、肉食もOK、となるし、落ち着いた静的な行動を基準とすれば、菜食になるでしょう。わたしは、どちらも間違いとも正解とも思いませんが、両者に言えることは様々な人工添加物、砂糖、残留農薬や肥料、人工放射能は避けるべきだと考えています。

しかしながら、「何を食べるか?あるいは何を食べないか?」に加えて、「陽に当たること」、「大地に触れること」も大切だと考えており、時間があるときに晴れていれば、原っぱに出かけ、裸足になり太陽を浴びるようにしているのです。

人類は誰一人例外なく、太陽系に住んでいますが、太陽系において太陽の占める質量は、99.98パーセントだと言われています。質量とは、そのものが占める存在の大きさだと考えてください。残り0.02パーセントの中に地球をはじめ、いくつかの惑星がありますが、その地球の中のカスにもみたない存在が、わたしたち人類一人ひとりなのです。

もはや「いないも同然じゃん」と思うでしょう。わたしもそう思います。そのカスにもみたないわたしたちが、人類だけのエゴにより社会を構成し、ああでもない、こうでもない、と右往左往し、気を病んで苦しんでいますが、宇宙的規模で考えたら、そんなものは「ない」に等しいものなのです。

現代社会人の生活の出発点は、資本主義と科学合理主義を基盤とした、産業の発展という一大事業の環の中にあります。99パーセントの人は、その環の外側のことを考えません。人間は言語によるコミュニケーションで社会を発展させましたが、考えてみてください、言語を持たない人間以外のものたちからは、どんどん離れていって身勝手な行動ばかりしています。

わたしが人間以外の何かであるなら「人間とだけは絶対に関わりたくない」と思うでしょう。人類の社会は大自然の摂理という基盤があってこそなりたっていますが、人類はそのことを考えないでしょう。なぜなら、言語によるコミュニケーションに呪われていますから、言語をもたないもののことなどどうでもいいからです。

人間だけの小さな社会だけを考えることから、もっと宇宙的規模のつながりを考えなければ、地球はぶっ壊れるでしょう。もはや、そんな時代だと思います。わたしが太陽を意識するのはそのためでもあります。

現代社会はいうまでもなく、太陽を意識した社会体勢をとっていません。行き詰まって当たり前なのかもしれません。太陽を崇めた文明は複数ありますが、「天照大神(あまてらすおおみかみ)」とあるように古代の日本も実は太陽信仰にありました。

太陽系において太陽の占める質量は99.98パーセントです。私たちはいないも同然ですが、考え方を変えてみると、ほとんど「太陽の一部」でもあるのです。「太陽、それは自分自身」といってもいいかもしれません。人間は太陽自身なのです。