ヒロミが本当に死にかけた「大ヤケド事件」 人生の大きなターニングポイントに

事件は1991年8月、フジテレビ系の深夜番組『1or8(ワンオアエイト)』の収録中に起こった。企画を出すばかりでチャレンジしないヒロミへのブーイングが高まる中、ついにヒロミが重い腰を上げた。しかし、その初のチャレンジで悲劇

ヒロミの人生が一変!? 死にかけた大ヤケド事件


それは、大量のロケット花火を背負って空中に飛び上がるのを目指す企画。題して、「ヒロミ宇宙へ」。耐火性の優れたカーレーサー用のスーツを着用し、約6000発ものロケット花火を背負って発射台にスタンバイするヒロミ。

緊張と興奮の中、花火に点火。その瞬間、わずかに浮き上がるヒロミの体。しかし、強風にあおられ火炎が一瞬でヒロミを包む衝撃の事態に! 撮影スタッフが避難してしまうほどの火の勢いとなり、現場は大混乱。響くヒロミの絶叫!

体を張った過激な企画で話題を集めていた 『1or8(ワンオアエイト)』

NHKを始め、各局がニュースで取り上げるほどの大惨事だった。救急搬送されたヒロミだが、お尻から両足の後ろ側にかけて重度のヤケドを負っており、一部は皮下組織にまで達し、黒焦げになっていたという。

ヒロミは太ももの皮膚をヤケド部分に移植する手術を行うなどして、1ヶ月以上に渡って入院。手術後は順調に回復し、11月1日には完全復帰を果たしている。が、番組自体は事故から1ヶ月後の9月には打ち切りとなってしまった…。

問題の「ヒロミ宇宙へ」企画のワンシーン

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このヤケド事件はヒロミの人生で大きなターニングポイントとなっている。多趣味で知られるヒロミだが、ジェットスキー、スキューバダイビング、クレー射撃、トライアスロンなどは、リハビリの延長として始めたそうだ。

また、テレビに迷惑をかけたとの理由により当時の事務所から独立。復帰後間もなく松本伊代との交際が発覚し、1993年に結婚となった。

※当時の映像はこちら: https://www.youtube.com/watch?v=WjpAFB_MGhk

参照:http://blog.livedoor.jp/gunbird/archives/9418376.html